本邦最古の絵具商

上羽絵惣の歴史

創業260年以上、本邦最古の絵具商。

江戸時代宝暦元年(1751)

初代ゑのぐや惣兵衛が、京都市下京区燈籠町(東洞院通松原上ル)において、上羽絵惣(胡粉業)を創業。約260年以上もこの地に根付き、皆さまに愛され続ける日本の伝統色を世に広める役割を担ってきました。
宝暦とは1751年から1764年までの期間を指し江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治です。

江戸時代

明治

日本画に最適な高級顔料に定着剤と天然高級デンプン質を加えて仕上げ、丸皿に入れた鉄鉢(てっぱち)の携帯用として、丸皿の代わりに小さな角容器にいれた顔彩(がんさい)を考案しました。
上羽の姓を持ったのは、この五代目惣兵衛の時代からだと言われています。
※明治維新で西洋文明の輸入が本格化し、産業革命がおこる中、日本の絵画が「日本画」と「西洋画」の2つのジャンルに分かれました。そこで狩野派や琳派など日本の伝統的美意識や技法を引き継いだ画家を日本画家と呼ぶようになります。

明治

上羽絵惣絵具商店から上羽絵惣株式会社に社名変更

大正元年(1912)六代目時代

6代目時代

六代目上羽庄太郎

京都洛南の地に工場を設立し、日本画用・図案用・工芸用など日本で使われている殆どの絵具を製造。品質向上のために日々研鑽し、新商品を創造してきました。大正ロマンが花ひらき、芸術作品はアール・ヌーボやアール・デコ様式に影響を受けました。そこで現在のトレードマークでもある「白狐」のデザインを六代目が考案したと言われています。

昭和初期七代目時代

7代目時代

七代目上羽庄三郎

戦時中に海外からの原料の入荷途絶により、天然岩絵具の主要原料を国産品で完成しました。また、昭和後期、今までは6、8、12の色数で展開していた商品が、戦後の経済成長と共に色数の需要が高まり、九代目が18色の新彩岩絵具を考案しました。

平成元年(1989)十代目時代

バブル崩壊以降、上羽絵具商店から上羽絵惣株式会社に社名変更、絵画市場の縮小と合わせて、日本画を取り巻く環境はかつてないほど困難となり、描き手も減少。取り扱う和の色は約1200色、商品は700点以上に上るのですが、このままでは家業の存続まで危ぶまれる状況で、全く新しい試みをスタート。それが平成22年(2010)に開発した水溶性の胡粉ネイルです。絵具の原材料となる天然素材の「胡粉」と色で「人に優しい」をコンセプトに開発された商品は、瞬く間に人気を誇り、今ではネイルのみならず、「胡粉石鹸」「恋する珠肌はんどくりーむ」「宝石リップ」など、多彩な商品を常に開発しつづけています。

歴史
江戸時代 宝暦元年(1751)
初代ゑのぐや惣兵衛が、京都市下京区東洞院通松原上ル[燈籠町]において、上羽絵惣(胡粉業)を創業。
明治
鉄鉢の携帯用として顔彩を考案
大正元年(1912)六代目
京都洛南に工場設立。日本で使われていた多様な絵具を製造。「白狐」のトレードマーク誕生。
七代目
戦時中に海外からの原料の入荷途絶により、新主要原料を国産品で完成(人造岩絵具の創始)
昭和
九代目が新彩岩絵具を考案
平成元年(1989)
上羽絵具商会から上羽絵惣株式会社に社名変更
平成22年(2010)
「人に優しい商品」をコンセプトに、刺激臭のない除光液を使用しない「胡粉ネイル」販売開始。
平成22年(2010) 3月
第一回知恵ビジネスプランコンテスト認定
平成24年(2012)
「京都しゃぼんや」とのコラボで、胡粉とオーガニック天然植物油を利用した「胡粉石鹸」販売開始。
平成26年(2014)
上羽絵惣沖縄店オープン
平成27年(2015) 2月
和のコスメ「kyo・miori」との共同開発により、しっとりサラサラ桜が香る「恋する珠肌はんどくりーむ」を販売開始。
平成27年(2015年) 3月
胡粉ネイルの新色「艶紅(つやべに)」の販売開始と、胡粉ネイルの原点ともいえる「白光(びゃっこう)」をリニューアル。
平成27年(2015) 4月
「スキンケアの発想で、素の唇まで美しく」をコンセプトに、魅せて、ケアする「宝石リップ」を販売開始。
平成27年(2015) 9月
公益財団法人日本デザイン振興会が主催する「2015年度グッドデザイン賞」を受賞。
平成28年(2016) 3月
今までの胡粉ネイルと比べて、より落としやすい「One Day Nail」胡粉ネイルの新シリーズ「輝かシリーズ」を販売開始。
平成28年(2016) 6月
石田結実専務取締役が株式会社日本政策投資銀行主催、第5回DBJ女性新ビジネスプランコンペティションにて「女性起業優秀賞」を受賞。
平成28年(2016) 7月
胡粉ネイルの夏限定色「あめちゃんシリーズ」を発売。